確認を怠ることなかりしか

勤務中もずっとそわそわしていた。
これが終わったら、夜行バスに乗って鎌倉に行くんだ。

わたしはその夜、親友とふたりで夜行バスに乗って鎌倉に行く予定をしていた。季節は夏。暑さにはめっぽう弱かったが、めったにもらえない連休。
社会人になると、友人と休日を合わせて旅行に行くというのもなかなか難しかったし、なにより海の近くに旅行に行くことに心を躍らせていた。

夜行バスに乗っている時間はけっこう長いから、すっぴんで行くのはもちろんだが、格好も楽なものが良い。あいにく、夜行バス乗り場まで行けて、なおかつそのままバスに乗り込んでも遜色のない服を持ち合わせていなかったので、仕事が終わったらチャリを10分くらいかっ飛ばしたところにある、GUに行こうと決めていた。GUはいい。マジでなんでもある。それも、ええ感じに仕上げてくれるアイテムが低価格でなんぼでもそろっている。好きです。

仕事が終わってチャリに飛び乗り、坂道をほぼノーブレーキで下る。夜行バス乗り場のある主要駅で親友と待ち合わせていたが、それまでそんなに時間に余裕があるわけではなかった。
購入する商品は、マキシ丈のワンピースがいい。頭の中で、なんとなくそう決まっていた。楽だし涼しいし、それ1枚でぜんぜんいける。夏っぽくもあるし、合わせ方次第でオシャレっぽくもなるから。

GUに到着する。商品量が半端ないので、探し出すのに少し苦労したが、いい感じの長さの黒のワンピースを見つけた。ちなみにわたしはめちゃくちゃ背が低い。お祭りの屋台に並んでいるときは、遠くから見ると空間だと思われて前後を通り道にされる。わたしの乳がひもじいのは、人に前を通られすぎたからだと思っている。お前たちのせいだぞ、どうしてくれる。
人と待ち合わせするときは背が低すぎてかえって目立つのでそれはいいとしても、出会い頭に「そんなに小さかったっけ?」と問いただされることが幾千もあった。知らん。お前の記憶の中でわたしがどのくらいの身長で生きていたのかは知らん。大方の予想をつけてから待ち合わせ場所に来い。

そういうわけで、とにかくワンピースを購入するときは、まず何よりも着丈。ここが最重要ポイントだった。大体のワンピースは引きずるか、「おやおや、ワンピースが歩いているのですか?」(CV滝口順平)状態になるので、いつも買うまでに時間をかけて試着をしていた。ただ、今日はあまり時間がない。

残念なことに、いいなと思ったワンピースはSサイズが売り切れてしまっていて、わたしが着れそうなのはMサイズだけだった。しかし意外や意外。鏡の前で恐る恐る当ててみると、丈感は問題なさそうだった。値段も790円。どうせ夜行バスに乗るまでの服だし、着てみて微妙でもパジャマにすればいいかと思って、高速でレジまで持っていった。

商品を受け取り、爆速でチャリを漕いで家に帰り、荷造りの最終チェックを行う。家を出る時間が迫ってきたので、服を脱いで、さっき買ったワンピースを袋から出して袖を通した。「丈感、ぜんぜん問題ないやん!」と思ったのも束の間。なんかおかしい。めっちゃ涼しい。ものすごくスースーする。
嫌な予感を確かめるように、そのスース―の場所を見ると、服でまとわれているはずの太ももが完全にあらわになっていた。
わたしが買ったワンピースは、両サイドにめちゃくちゃスリットの入ったワンピースだったのだ。

スリットマキシワンピ2


気づかんか?お前、鏡の前で一生懸命サイズ確認しとったんと違うんか?

本来こうやって着て、はじめて成立する服なんだし、なんならMサイズをXSサイズのわたしが着ているのだから、スリットがさらに上にくるので、出てちゃいけないところぜーんぶ出てる。どうにかならんもんかと全身鏡の前でポージングを決めてみたが、そこには完成された痴女が笑ってこちらを見ているだけだった。あかん。「着てみて微妙ならパジャマにすればいっか♡」どころの話じゃない。これを着て家を出られるか出られないかの話だし、これは誰が見てもわかる、出たらあかん。「どうせ夜行バスに乗るまでの服だし♡」じゃない。きっと社会のルールに阻まれて、目的地までたどり着けない。周りに見つからぬようにすればよいのではと、部屋の中を素早く走って移動してみたが、足の前後運動により裾が余計にめくれて「動ける痴女」が生まれただけだった。

思わぬ誤算だ。丈にばかり気を取られるあまり、こんなことになってしまった。縦じゃなくて横から攻めてくるなんて思ってもみなかった。デニムを合わせていこうかとも考えたが、それでは快適な夜行バスライフが送れる気がしない。バスの中でデニムを脱ぐか…?とも思ったが、暗いからってなんでも許されるわけはないと思いとどまった。賢いぞ、自分。

とにかく時間がなかったので、パジャマの入った引き出しから、高校生のときに買ったサーモンピンク色のショートパンツを引っ張り出し、家を出た。鏡は怖いので見ないことにした。このままじゃ、ずっと家から出られない。時には思い切りも大事だよって、誰かが言ってたから。

「サーモンピンク色のショートパンツってなんだ。なんでそんなの買ったんだ。」とも思ったけど、これがないとわたしはいま、夜行バス乗り場にたどり着けていないかもしれないし、快適な夜を過ごせていないかもしれない。

結局ショートパンツは楽チンすぎて夜行バスで爆睡できたし、旅行中の部屋着としても大活躍した。なんならいまでも夏定番の部屋着となっている。GUで買った790円のスリットマキシワンピース、通称痴女ワンピも、スーパーに行くときなどに愛用している。もちろん、デニムなどを合わせて。

確認も大事だし、思い切りも大事。結果的にどっちも正解になって万々歳のできごとだった。
ただあのとき、「ワンピースだけ着て目的地に向かう」という思い切りのよさを発揮しなくてよかったなとは思う。