サギと、角中と、それからわたし

「サギのモノマネとか、そういうのしたくない」
皆さんは、別れ話のときにこんな言葉を言われたことはあるだろうか。わたしはある。

4年くらい前。わたしは5つ下の男性と交際していた。当時彼は21歳。「男性」という表現をするのが憚られるくらい若かった。

彼とは婚活パーティーで知り合った。婚活パーティーに行ったことのない人もいるだろうから説明すると、仕切りのある机に1人ずつ座って開始時間までにプロフィールカードを記入し、男性が回転寿司のごとく女性のテーブルに回って来て3分くらい話をするあのやつだ。そして次の相手が来るまでの間にさっき話した男性の印象に残ったことをカードにメモをするという流れで行われる。気になった人へのアピールタイムなども経て、最後のマッチングタイムで、相思相愛ならば連絡先を交換し、後日デートにこぎつけられるというシステムだ。マッチング時は最初に振り分けられた番号で呼ばれるので、「番号で呼ばれてみたいけど、刑務所には入りたくない」という人は、ぜひ参加してみるといい。

この婚活パーティー、とにかくせわしない。会話が終わった途端、次の男性が移動して来るのだが、なにせテーブルが隣なもんで秒で来る。回転寿司①から回転寿司②へのバトンタッチが早すぎる。まだ①を咀嚼してんのよ、飲み込めてないのよ。
こんな流れがマッチングタイムまでほぼノンストップで行われるもんだから、頼みの綱は手元のカードに書いたメモしかないのに、「白スキニー」「猫狂い」「餃子」とかしか書いてない。過去の自分をぶん殴ってやりたい。

前置きが長くなったが、5歳年下の彼とは先述通り婚活パーティーで知り合った。そのとき参加した婚活パーティーは、大まかな流れは一緒なものの、パイプ椅子だけが並んだ暗い地下室に、申し訳程度の電飾が壁面に雑に張り巡らされているような会場だった。そこに主催企業のPR音源が爆音&エンドレスで流されていたので、まじで何かの契約でもさせられるんじゃないかと思って震えていた。

ただ、パーティーが始まってみると今まで参加したものと特に変わりなかったので安心した。その中で話をして後に付き合うことになったのが、この5つ下の男性だった。仮にTとしよう。正直、印象に残っていたかと聞かれるとそんなこともなかった。ただ、Tとわたしは応援するプロ野球の球団が同じで、その話で盛り上がったことだけは覚えていた。
彼は少し離れた場所に住んでいたため、1回目のデートで京セラドームに足を運んで野球観戦をした後、告白を受ける形で付き合った。
正直、Tのことはあまり知らなかった。やりとりするラインも、ほとんど野球の話ばかりだったから。ただ、わたしはこの頃、前の恋人と別れて2年以上が経っていた。前の恋人は、最終的には共依存、それこそズブズブと底なし沼にはまっていくような関係になって別れた。好きでも幸せになれるとは限らないということを痛烈に経験したわたしは、まったく真逆な印象を持ったTと付き合ってみようと思ったのだった。何より、「今日阪神が勝ったら、告白しようって決めてたんです。」なんて素直に言ってくれたことも嬉しかったから。


さて、そんなこんなで交際がスタートしたが、ほぼ毎日電話を掛けてくれた。まっすぐで裏表のない人なのだなと感じた。

付き合うと野球の話以外もたくさんしたが、好きなテレビ番組の話になったとき、「俺、あれが好き。朝まではしご酒(シュ)!」と言った。
・・・はしご酒(ザケ)では?????
付き合ってからいっしょに過ごす時間が多くなり、薄々勘づいていたのだが、Tは漢字が本当に読めなかった。はしご酒を音読みする人に、わたしは初めて出会った。
デートを重ねる度に、電話をする度に、わたしは少しずつ違和感を覚えるようになっていた。とにかく会話が続かないのだ。野球がない日は特にそれが顕著で、彼と話をしたいと思えなくなっていた。
思えば違うことだらけなふたりだったのだ。年齢も、食の好みも、笑いのツボも好きな音楽も。でもだからこそ話せることはたくさんあるはずなのに。

話があまりにも続かないので、楽しい話題や共通の話題は全力で盛り上げ、デート中に起こった面白いことには総ツッコミを入れるという会話スタイルへと変わっていった。
ドライブ中、Tが歌ったロッテ角中の応援歌の「ララララ角中、ララララ角中」という部分がなぜかツボに入り、何回も歌ってもらったり、訪れた神社で引いたおみくじをむちゃくちゃな読みで音読みする彼に振りかぶってツッコミを入れたり。
しかし、これがマズかった。あんなにマメだった連絡が、糸を切ったようにプツンと途切れてしまったのだ。


「俺といっしょにおって楽しい?俺はサギのモノマネとか、そういうのしたくない」
電話口でそう言われたとき、まず耳を疑ったが、同時にやってしまったと思った。5つ年上の女にこうもいろいろツッコまれるのは、バカにされたような気がしてならなかったのだろう。ちなみにサギとは、繁殖期にバカでかい声で昼夜問わず「ア”ァ!!!」と鳴く水田によく見られる鳥である。飛ぶときは、両足を地面とまっすぐ平行にして飛び、歩くときは泥棒のように抜き足差し足で歩く、あの鳥である。Tはそのモノマネがうまかったので、何回もやってもらった。それはもう、こすりにこすってやってもらった。
わたしとしては、ただただ、その場が楽しくなればいいなと思ってやったことだった。だけど思えば、デートの後はいつも少し疲れていた。声を張り上げて全身でツッコミ、ちょっとおもしろいことがあったら大げさに笑う。そりゃそうか。どっちも悪くないよな。

言いたいことはいくつかあったけど、「ごめん。話してくれてありがとう。今までありがとうね。」と彼に伝えた。
それでもなお、「角中とかも、嫌やった」と言われたときは、頼む、もうやめてくれと思った。川で溺れかけて満身創痍で陸に上がろうとしている人を脚で蹴るな。


恋人が長くいないことを不安に思わなくてもいいし、無理に相手や自分に当て嵌めようとしなくていい。相手の知らないところはたくさん聞けばいいし、自分のことも自分の言葉で伝えればいい。
自分が好きな自分ってどんな自分だろう。楽な自分ってどんな自分だろう。そういうことを考えられていなかった。誰かと付き合うことは、自分と向き合うことだ。


ちなみに角中の応援歌は、今でも声を出して笑う。